久しく母国に帰る日のため、
家から空港までの移動手段も
全てあらかじめ用意した。
家を出るのは明け方五時半、
遅れることのないように
前日までに支度も済ませ、
祈りで聖霊に託して完全にし、
当日には早送りで礼拝を捧げ、
五分前には戸の前に立つ。
気温は一度。
日も昇らぬ暗い時間、
鳥たちだけが互いにさえずる。
待っていたタクシーは現れない。
五分が過ぎ、
十分が過ぎる。
連絡は一切ない。
しびれを切らして電話を掛ける。
「伝言をどうぞ」。
「タクシーが来ない」。
十五分が過ぎ、
二十分が過ぎる。
焦る心で再び電話を掛ける。
「伝言をどうぞ」。
「タクシーがまだ来ない」。
二十五分が過ぎる。
私のこれは国際電話だ。
「伝言をどうぞ」。
「まだ待っている。
キャンセルしてもただだろう?」
部屋で眠っている同僚を呼ぶ。
彼はすぐさま別のタクシーを手配する。
三十分が過ぎ、
タクシーが来る。
これは私が待っていたものなのか、
同僚が呼んだものなのか。
尋ねてみれば後者だった。
遅れずに済む。
安堵と共にタクシーに乗り込む。
「伝言をどうぞ」。
「キャンセルする。
三十分以上も現れない。
照会番号は以下のとおりだ」。
空港に着き、
恐る恐る費用を訊ねる。
ああ、神よ!
来なかったタクシーの半分にもならない。
聖霊の感動、
そして従順、
思ってもみない御働き。
人の図ることは自らの目には至上のものだ。
しかし神の図ることには遠く及ぶことがない。
主の歴史は神によって興り、
人の生もまた神によって輝くのだ。
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