第三章 恋愛
月日が経って、Nは次第に実力がついて忙しく働いていた。Nは自信もつき、仕事に取り組む姿勢や人格もひときわ輝きを放っていたため、周囲からいろんな意味で好意を得ることが多くなった。
そんな中でNがある仕事でたまたま異性のI(異性・いせい、仮名)と仕事をするようになった。さすがにNも人格を磨いてきたし、実力もつけてきただけに、一緒に仕事をするIもそれなりに品格や実力がある人で、Nはその異性を大変気に入ってしまった。
それから仕事を一緒にするたびNの思いは深くなり、決して言葉には出さないし、そういう素振りも見せないようにしているけれども、仕事を離れてもIのことが頭から離れなくなり、ついには微熱を出すほどになった。
ここでNには二つの選択があった。
選択肢
■シナリオ1
N:「社長には恋愛は後でやれと言われているけど、もうだめだ。社長に内緒でIに告白しよう。付き合って結婚もしよう!理想世界をなす時が来た!」
(時が経って)
S:「Nさん、最近Iさんと交際を始めたとか。結婚も考えているという噂が流れているのですが」。
N:「はい。それがなんだというのですか。恋愛は個人の自由でしょう」。
S:「今はまだ恋愛に夢中になるのは早いのでは、との社長の考えなのです。Nさんはもっと成長できるし、これから大きな成果も出せるはずなので…」。
N:「あなたは私の何ですか!?社長は私の何ですか!?私の実力は私の才能と努力の結果でしょう!
愛は誰にも止められないのです!もし止めようというなら全力でここの社風に抗います。私の周囲の社員を総動員してネガティブキャンペーンを展開し、この会社を破綻に追いやることも辞さないでしょう!それだけの覚悟がおありなんでしょうね!?
私はもう一介の平社員ではないのです。この右手で社長にも等しい名誉と栄光を掴み取ってみせます。今後は一切関わらないでください!」
■シナリオ2
N:「あまりにも恋愛感情を抱いてしまって、これ以上一緒に仕事すると全てそっちのけで恋愛に狂いそうだなぁ…。社長に言って仕事を変えてもらうか何かしないと…。
社長にはこれまでも何度も助けられたことだし、どうせなら社長にも祝福される形で結婚もしたいな」。
結果
Nはかろうじてシナリオ2を選び、社長にこの件を伝えてみたのであった。そして数日後、Iは仕事に姿を見せなかった。Nは人事からIが別の仕事のオファーを受けて即座に異動になったことを聞いた。
N:「まさかIが突然他に移ってしまうとは。形はともかく、これもまた自分が望んだとおりになったのかもしれないな。ああ、でも、こんなに突然会えなくなるとは…。最後にIにひと目会いたいなぁ…」。
ひとまずIとの接触がなくなり、うかれることはなくなったNであったが、どこかまだIに心を寄せて過ごしていた。
ある日、Nは仕事でタフな客とミーティングをすることになった。その客は少しでも自分にとって有利な条件を勝ち取るために細かく確認を行うタイプであり、Nはハードネゴシエーションに陥ってなかなかミーティングを終われずにいた。
N:「なんてしぶとい…。軽く条件の最終確認をして契約締結のはずだったのに、まだ全体の半分も確認が済まないとは…」。
そしてNが時計を見ようとふと顔を上げると、会議室の外の廊下にIが立ち止まって手元の書類を確認しているのが見えたのだった。
本当ならNは会議室を出てIに声をかけたかった。「今度はどんな仕事をするんですか?」とか、「昇進ですか?おめでとうございます」とか、とにかく何でもよいので次につながる会話をしたいと思った。しかし、タフな客とのミーティングがそれを許さなかった。そうこうしているうちにIはどこかへ行ってしまった。
結局、それから一時間近く経ってNとタフな客はようやく契約締結に至り、Nはまた一つ成果を上げたのであった。
Nは自分の願うとおりの形で会えなかったと悲しい気持ちがこみ上げたが、同時に「ひと目会いたい」という願いは確かに叶ったと、そしてあれが客観的に見れば自分にとって最善の叶い方だったと、涙を飲んでその別れを受け入れたのであった。
それからしばらくして、NはすっかりIのことなど忘れ、日々自分と向き合いつつ高める日常に戻っていた。そしてNにはさらに挑戦しがいのある仕事が舞い込んできたのだった。