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動物たちの愉快な日常
童話

童話『ツブツブ村の餅の尽きない甕』〜第六章 ラットが老人のもとを訪れる〜

さて、皆病気で苦しかったので、医者のラットのもとに次々と患者が訪れましたが、ラットが初めて見る症状だったので、有効な薬が何なのか分かりませんでした。ただ、ラットは自分だけが健康で、他の村人たちが皆病気なのを見て、パックの餅が原因なのではないかと考えるようになりました。そこでラットはパックを呼んで訊ねました、

「村の人たちの病気はあなたの餅が原因じゃないかと思っています。あの餅は昔村人たちが元気だった頃に作っていた餅と同じものですか?」

パックは病気で苦しみもだえながら答えました、

「実は、今の餅は以前山によもぎを採りに行った際に、川の近くで足を滑らせて転んで動けなくなっている老人を助けて、そのお礼として老人から渡された甕から出たものなのです。その甕は不思議で、甕の中に水を注ぐと、餅が増えて尽きることなく出てくるのです」。

しかし、パックは自分が老人から「きれいな水以外を注いではいけない」と言われたことを破ってさまざまに餅に手を加えたということは話しませんでした。

ラットはそこでその老人に会おうと、パックに老人の居場所を訊きました、

「その老人はどこにいますか?」

パックは答えました、

「村の裏にある山を越えた渓谷の川岸に船着き場があるのは知っていますか?私がうれしいことがあったらそこから川に流すようにと皆に勧めていたその船着場です。そこから舟で川を下っていくと、もしかしたら会えるかもしれません。実は、その老人が舟に乗って川を下り始めた時に突然霧がかかったので、私はその老人がどこに進んで行ったのかを見ることはできませんでした。私自身が川を下ったこともありません」。

ラットはそれを聞いて、早速おにぎりを四つと水を持って、自分一人が乗れるくらいの小さな舟を背負って山の向こうの渓谷に向かいました。しかし、舟を背負って山を越えるのは小柄なラットには大変なことで、途中でおにぎりを三つほど食べて休みながらなんとか山を越えていきました。

ラットが山の向こうの渓谷に着くと、相変わらず澄んだエメラルドブルーの色をしたきれいな川が流れていました。ラットが船着場から自分が背負ってきた舟に乗って漕ぎ出すと、少しして霧がかかり始めました。周囲は霧で見えなくなり、ラットは自分が遭難するのではないかと恐怖を感じました。それで川を引き返そうかとも考えましたが、病気の村人たちのことを思うと、急いでパックが話していた老人のもとに行かないといけない気持ちになり、急流に差し掛かったらすぐに岸に上がれるように注意して、川岸の近くを慎重に進んでいくことに決めました。

少しの時間だったのか、それとも長い時間が経ったのか、霧で周囲の見えない川下りに緊張しながらラットが進んでいると、急に霧が晴れていきました。ラットが辺りを見回すと、近くに小さな洞窟があり、川がそこに流れ込んでいることに気が付きました。もしかしたらその老人がいるかもしれないと思い、ラットはどきどきしながら洞窟へ舟で入っていきました。

洞窟の中には船着き場があったので、ラットはそこに舟をつないで岸へ上がりました。洞窟は奥まで続いているようでしたが、暗くてよく見えませんでした。少し歩くと、洞窟の中に横穴があり、うっすらと明かりが点いているのが見えました。ラットはいよいよ老人がいるのだと思ってそっと横穴に入っていきました。

しかし、いざ入ってみると、そこには誰もいませんでした。ただ、穴の中には質素な寝床や器が置いてあり、誰かが暮らしているようではありました。ラットがじっと立っていると、突如サラサラという音が聞こえて、風が通り抜けるのが感じられました。ラットが驚いて後ろを振り返ると、後ろの壁には何やら白い紙がたくさん貼り付けてあるのが見えました。横穴の壁には亀裂が入っており、そこから風が吹き抜けているのでした。

ラットは壁に貼り付けてある紙には何が書いてあるのだろうと好奇心に駆られて、その中の一枚を見てみました。すると、そこにはこんなことが書かれていました、

「タマル ミニミニ暦311年5月2日 子供の頃から欲しかったガラスの器を骨董品店の店主から安く譲ってもらった」。

タマルという名前にラットは見覚えがありました。ツブツブ村に住んでいる一人の女性で、確かにラットは彼女が「欲しかったガラスの器を安く買うことができた」と人に話しているのを見かけたことがありました。

またもう一枚別の紙を見てみると、こう書いてありました、

「ノエル ミニミニ暦314年9月15日 海で漁をしている時に舟が岩にぶつかって沈んで溺れたが、偶然近くを通りかかった漁師によって助けられた」。

ノエルもまたツブツブ村の住人で、事故に遭って死にかけたところを偶然仲間に助けられたと村の噂で聞いたことがあるような気がしました。

また別の紙にはこう書いてありました、

「ダン ミニミニ暦316年2月18日 生まれたばかりの子供が高熱を出して三日間苦しんでいたが、医者のラットが彼の貧しさを哀れんでお金も取らずに徹夜で治療したことで無事に容体が回復した」。

村人のダンはあまりお金がなく、自分が病気になっても医者に診てもらうことをせずに暮らしていた人でした。そんなダンがある日の晩に突然ラットの診療所を訪れて、真っ青な顔をして「助けてほしい」と泣きながら頼んできたので、ラットは寝ようとしていたところから着替えて対応し、その日は徹夜で治療をしてあげ、翌朝日が昇る前にようやく容体が落ち着いたのを見て家に帰したのでした。ラットはダンが自分の病気のことでは医者にかからないくらい貧しいことを知っていたので、哀れに思って一切お金を取らなかったのでした。これは皆寝静まっている時間に起きたことで、かつ、「ただで診てあげたことは絶対に他の人には言ってはいけない」と伝えておいたので、ダンとその奥さん以外は知らないはずのことであって、目の前にそのことが記録されていることに衝撃を受けました。

ラットは他にも壁に書いてある紙を一枚一枚見てみましたが、どれも皆ツブツブ村の人たちが体験した喜ばしいことが記録されているのでした。中にはパックに関するここ数年以内に起きた喜ばしいことが書かれた紙もありました。しかし、ラットがこの数年、一人で渓谷の入り口の船着場から流してきたうれしい出来事はそこで見つけることはできませんでした。

そうして、ラットは最後に、無数に紙が貼ってある壁の端に一枚の赤い紙があるのを見つけました。他の白い紙とは少し雰囲気の違う紙だったので、ラットが気になって内容を見てみると、このように書いてありました、

「パック ミニミニ暦321年12月3日 私が託した甕にさまざまな調味料を混ぜて餅を汚(けが)した」。

この紙はどうやらうれしい出来事記したものではなく、パックが犯した違反を記録したもののようでした。ラットはこれを読んで、村人たちが餅を食べて病気になったのは、パックが老人からもらった甕にやってはいけないことをやったからなのだということを理解しました。

その時、ラットの後ろから声がしました、

「人々が感謝すべきこと、積もりに積もって、壁の広さがいくらあっても足りない。そうは思わんかね、先生?」

ラットが驚いて振り向くと、そこにはパックに甕を託した老人が立っていました。そして続けて言いました、

「にもかかわらず、あの村の人々は絶えず不満を口にしながら自ら不幸を招いている。それゆえ甕は彼らの地から実を結ぶ力を奪った。もはやあの村では穀物も取れず、魚も獲れず、唯一食料として残ったのが甕の餅であったが、それでも彼らは感謝よりも不満を口にし、甚(はなはだ)しくは、餅をめぐって悪を企てる者も現れたのじゃな。

パックもいつしかわしの戒めを忘れて、甕に入れてはならぬものを入れて餅を汚し、それにより村にはさらなる争いが起こった。

かつては金色に光り輝き、皆の腹を満たした恵みの甕、今や真っ黒い甕となって、餅を口にする者を皆苦しめる呪いの甕となってしもうた」。

ラットはその話を聞いて自分が生まれ育った村の人たちの不満の多さが頭に浮かび、とても痛ましい気持ちになりました。しかしどうしても自分の故郷を救いたいと思い、老人に訊ねました、

「私の育ったツブツブ村の住人は確かに皆不満の多い人たちでした。積もり積もった彼らの不満がこの災いを招いたとは、とてもやりきれない気持ちです。しかし、おじいさん、いや、仙人様、こうなってしまった村をもはや救うことはできないのでしょうか?私は今や村で唯一健康な人です。何か私にできることはないのでしょうか?」

仙人は、ラットが村人たちの過ちを認めて心を痛めながらもなお彼らを救おうとするのを見て、ラットに微笑みながら言いました、

「村に帰って人々に言いなさい、『三日後に今までで最もうれしかったことを紙に書いて持ってきなさい』と。そしてかの甕を粉々に砕き、甕と集めた紙と中の餅とを一緒に灰になるまで焼きなさい。

そしてまた人々に言いなさい、『灰をきれいな水に混ぜてコップに入れて飲み、同時に身体中のできものに塗りなさい。できものが治ったら各々灰を一握り携えて山の向こうの船着場から流しなさい』。これで村に降りかかった災いは取り除かれるじゃろう。

それから最後に人々に言いなさい、『これからはいつもうれしいことがあるたびに忘れずに覚えておき、さまざまな不満が出てくるときにはそれを思い出して感謝して生きなさい』と。

どうじゃ?舟を背負って山を越え、霧の立ちこめる川を下ってくることに比べたら易しいじゃろう?」

ラットは答えました、

「感謝します、仙人様。これは私からのほんの小さな贈り物です。受け取ってください」。

ラットはそう言うと、残っていた一つのおにぎりを仙人に手渡し、急いで洞窟を後にして川を登り、それから山を越えて村へと帰っていきました。

ABOUT ME
マシュー
自分の持っているものを使いたい。神様のために生きたい。それが小さな自分にもできる大きなこと。「この人生を後悔のないように生きるにはどうしたらよいのだろう」と、かすかにくすぶる火種のような、ささやくそよ風のような一人の地球の民。