地球の反対側に行こうとも恋人どうしの姿は似たりよったりなのではないか。単なるデートから発展して住まいを共にしてはいるが会話という会話はそれほどなく、単に共に寝室やリビングでテレビを見ている姿が目に留まる。
実際対話の種というものは通常それほど多くはない。それゆえ恋人同士が共にいても自分にかかわることよりは誰かの話をするかテレビを見て話をするくらいのものである。
無論対話のないところに愛は育たない。しかしながらそうした類の対話が愛の発展に結びつくかというとそうではない。互いの経緯を深めることが愛につながるのであって、共に何かを行い、共に何かを成し遂げなければ二人の間には何も残らない。
苦しい境遇に生まれ、幼い頃から唯一家にあった書物だという聖書を読みながら神に思いを寄せ、十代半ばから孤独に山で祈り、途中ベトナム戦争への三年に上る従軍経験を経ながらも二十一年の間修道生活を続けた人は言う、「肉の愛は一瞬であり、精神の愛は永遠である」と。
彼は山で祈りながら神と聖霊と主イエスから聖書を学び、六千年間働きかけてこられた神の心情と、またメシアとして神の心情、精神、思想を持ってこられたイエスの行いと心情を悟るほどに神を愛し、イエスを愛し、自らがその肉体となって御旨を成して差し上げたいと告白するようになったという。
彼に関しては戦場において彼の同志たちは売春などに行ったが彼は聖書を読み続け、祈る中で、また生活する中で悟った事柄を戦友たちに共有し、夢で啓示を受けてはそれにより備えをしていつも危険を免れ、かつ決定的な戦果を挙げたとの証言も残っている。
人が生きている時に何をすべきか、山で霊界を行き来しながら多くの霊の行く先を目の当たりにして福音を伝えることに勤しんだ彼は愛すべきイエスを証し、愛すべき神を証する「伝道の楽しさで生きた」と語る。
後にはイエスから「結婚をしてもよい」と告げられ、「ついて来ても食べるもの一つない」と言われ、「就職口を与えてあげよう」と言われても「ただイエス様について行きます」と返答し、「二番目だと言われたら悔しいくらいに愛した」と当時を思い起こされる。
その愛は福音を公に伝え始めて四十二年が経った今もなお変わることなく、日々受けられる御言葉を伝え、かつ自身も徹底して従順して自身も環境も発展を続ける姿を通じて人々に知られている。
彼が伝える御言葉は六千年間ただ愛の御心を成そうと歴史を導かれてきた神を人々が愛せるようにと具体的にその働きかけや心情を教えるものであり、その愛を成すためには自分自身がどうあるべきかを教えて自分自身を磨くことを励ますものである。そして週ごとに壇上から伝えられるその御言葉はその週に各自に起こるべきことを預言し、その御言葉によって避けるべきものを避け、得るべきものを得るようにさせる。私自身もその彼の教えに従いながら人生を生きる中で多くの経緯を全能者である聖三位と築き、三位を愛することを学んできた。
使徒行伝を見ても対話とは多くが三位と主が自らに働きかけられた証であり、歴史に関する悟りであり、神に関する悟りであり、主に関する悟りの共有と進行していく歴史の中で自らが抱くビジョンである。それにより恵みが満ち、希望が満ちる。自らの人生の隅々に三位と主が関わらないことはない。人は心に多くのことを思いはかるが、私たちを「妬むほどに愛される」聖三位と主こそ真に私たちの人生を導かれるゆえである。異性の愛とは神と共に歩む人生の中の一部であって、それもまた自分自身を神の前にふさわしくつくるために神が賜るものである。
「幸せは永遠に幸せでこそ本当の幸せである」。そう語られる彼が見せる姿こそまさに人があるべき姿であり、肉は一生、霊は永遠に栄える真に成功した生である。